2012年05月01日 (火) | 編集 |
久しぶりの上に、
平凡なエピソードをこれから書こうとしているので、
とても申し訳ないのですが、
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
今日(昨日)母のデイサービス利用日でした。
母を見送った後、掃除洗濯などを終わらせると、
何と言うか脱力感に襲われた。
急な気温の変化のせいもあるだろう。
元々暑がりだし、そういった変化には敏感な方だ。
なので、今日はぼーっと過ごしてしまった。
朝6時に起きたのは良しとして、
母のお見送りは9時。
家のことが終わったのが昼前。
なのに、
気がついたら寝ていた。
更に何も食べずに3時。
母が帰ってくるのは4時。
ああうう。
私の意識がないうちに時間が去って行ったー。
とりあえず落ち込む前に、猫たちにごはんやらなきゃ、
と、思ったが、コンビニに用事があったのを思い出した。
用事がない日はあまり外に出たくなかったのだが、
いかんせん立派な用事だったので、よいしょ、と、声を出して、
何とか玄関を開けた。
外は快晴。
家の前の公園で子どもたちが元気に遊んでいる。
よく走る。私ならすっ転ぶだろう。
ぺたんこの愛用バレエシューズ(愛用歴20年)で、
青空を見ながら、ぽこぽこ歩いた。
風が容赦なく吹きつけたが、温かで気持ちが良かった。
ふと、この風はどこから吹いてきているのだろう、
どこから私のシャツをはためかせているのだろう、
などと、一見哲学的なことを考えたのち、
用事を済ませ、自分用にパンを買って、
また帰り道をぽこぽこ歩いた。
私は過去にトラウマ(いやそれほど大げさじゃないけど)があり、
歩くことが嫌いだ。
結構、歩くの嫌い、というと周りは引く。
女が果物嫌い、というくらい引く。
でも嫌いなんだから仕方がないじゃないか、と思う。
実際嫌いでも歩かなければ動けないし、歩いてないわけじゃない。
しかし今日ばかりは気持ちいいなあ、と思ったのだ。
たったひとりで、前髪なんか後方に押されておでこ全開で、
だけど色んなおうちにつつじが咲いていて、
チューリップも蕾をもっていて、
家にも水仙が咲いていた。
荷物だってパンだけだから軽い。
心まで軽くなる。
こういう小さなことだけど、
私はいつでもこういう気持ちに気づく人でありたいな、と思う。
忘れてしまうかもしれない些細な、気持ちを軽くすることについて。
◆ ◆ ◆
あまり変わり映えのない幸坂の日常です(笑)
しかし初夏の風は良いですね。
これから陽の長い夏が来ると思うと、
暑さがどれほど苦手でもわくわくする。それは昔から。
しばらく書かずにいたのですが、
フィギュアスケート、今シーズンは既に終わってしまいましたね。
今回、ご贔屓選手、小塚崇彦選手は靴が合わない、など、
さまざまな理由で結果が残せなかった。
しかし、それこそ風のような 鮮烈で美しい演技を見せてくれた。
そしてシーズンが終わり、
アイスショーに出演する小塚選手にお花を贈る、
と、いう大イベントに参加させていただいた。
ネットで知り合った方による提案で、
以前も参加させていただいたのだが、
なかなか書く機会がなく、結局今に至ってしまった。
私はお花代を送金し、メッセージを代筆で頼んだ。
後日、写真で見たお花は、素晴らしく美しく、
神秘的な青いバラと目の覚めるようなオレンジのバラで、
言葉が出てこなくなるほど素敵だった。
参加させていただき、感謝しています。
そんな訳で、今シーズンは終了してしまったけれど、
どれも、心に残る素晴らしいプログラムでした。
SPの「Inner Urge」も、
FSの「Fantasia For Nausicaa」も、
何度もここで紹介させてもらった、
エキシビションの「Cello song」も、
どれも印象に残り、どこかせつなさで胸が痛むようなシーズンでした。
また来季も応援させてもらいます。
上画像の魅惑的な足はリマっちです。
過去にもこの画像の全身を載せたことがありますが、
足元だけでも再び載せたいほど大好きな、力強い画像です。
2012年04月03日 (火) | 編集 |
少々疲労気味ですが、
今日のことを早めに書いておかないと今後、
書くのも面倒になってしまいそうなので、
とりあえず、私の健忘録として。
4月2日。
母のデイサービス利用初めての日でした。
朝、デイの職員さんが9時頃迎えに来て、
4時半頃、送って来てくれました。
荷物は昨日、紙に書き、
母専用にした鞄に詰めた。
昼食と入浴介助をしてもらえるので、
薬の説明とリハパンなどの説明書きも入れた。
帰って来てから連絡ノートに詳しく今日のことが書かれており、
写真も添えられていた。
戻ってから、ほんの少し母の頭に混乱があったのか、
今までしなかったことをやろうとするなど、
少し不穏な行動が目立った。
しかし疲れもあり、いつもの時間には眠った。
そして今日の私は、と言うと、
朝は6時半に起き、まず自分の支度をして、
母を起こし、トイレに直行。
ズボンを下げてから上げるまで全介助。
その後、着替え80%介助。
朝ごはんはスプーンで一口ずつ食べさせる。
汁物は自分で飲めるので、これは90%介助かな。
今朝は、いつもの白いごはん、具沢山味噌汁、
ポテトサラダ、ひじきと大豆の煮物、漬け物。
得意ではないが、一応手作りではある。
昨夜の残りとも言う(笑)
30分ほどかけて食べさせ、薬を飲ませる。
きちんと飲み終わるまで見ていないと、
たまにうまく飲み込めなくて、
口から取り出して捨ててしまうので、
「見てませんよ」という雰囲気を装いつつ、監視している。
母は粉薬より錠剤を飲むのが苦手で、
いつも悪戦苦闘させてしまうので、
うまく飲める方法を探しつつ、近い内に病院なので、
色々相談もしてみようと思う。
そのあとに洗顔、口腔ケア。
ここまで言って母のプライバシー平気か、と思うが母は入れ歯だ。
しかし、手がうまく動かず、歯ブラシが使えない。
なので毎回ケアをする。しかし口に手を入れて歯を外す時、
母がオエッとなってしまうので、なぜか私が申し訳なく思いながらも、
歯みがき粉で磨き、ていねいにゆすぎ、かぱっとはめる。
ケアが終わると、なぜか母が自分で磨いたことになっている。
しばらくすると、デイサービスの送迎車がやってきたので、
上着を着せて、靴を履かせ、職員さんに荷物の説明をして、
どうぞよろしくお願いします、と深々と頭を下げる。
車が行ってしまうと、ある種のやるせなさが胸を襲った。
しかし、とりあえず体が動くうちに茶碗洗い、洗濯、掃除、などを片付ける。
そんなこんなであっという間に昼になったが、
マスター(父)が昼は弁当にでもするか、と言ってくれた。
ハンバーグとナポリタンとポーチドエッグ、サラダが入ったごく普通のお弁当。
ただ黙々と食べている自分があまりにも楽で驚いた。
先に書いたように母に食べさせているので、時折自分の分を食べ損ねる。
一緒に食べても母の方に時間がかかるし、
私が食べる方に集中すると、母はおかずのみ食べてごはんだけ余り、
「もういらない」と食べるのを諦めてしまう。
なので、今以上早くするのは時間的に私がムリなので、
みんな食べた後で食べるようにした、が、食欲があまりなく、
おかずも正直、残骸ばかりになるので(笑)
買い置きしていたパンとコーヒーだけで済ませてしまうことが多い。
なので、
今日のお昼は何にも考えず、
ただ自分の分を食べられることで、放心状態になった。
そこから動く気はしなかった。
4時半くらいになる。
母が帰ってきた。
次のデイサービス利用日は金曜日(週2回)。
その日までまた介護の毎日なんだよなあ、と、
つい、ため息をつきたくなった。
親不孝かもしれないけれど、正直な気持ち。
マスターには言えない、というか、言わない。
マスターは朝、ゴミ出しをやってくれる。
朝は勝手にごはんを食べ終わっているし、
味噌汁など作ってくれているので、それをいただいたりする。
で、またしてもわがままだが言ってしまおう。
母の介護に関しての事はすべて私がやっている。
もちろん下の世話も、口も、今までは入浴も。
そして私が起きなければ、マスターは母を起こさない。
なぜならヘタに起こしてトイレに行かれても困るから。
その部分がいつも、ちくりと刺さるのだ。
朝、起きられない。起きたくない。
永遠に続くんだよなあ、と思うと、
起きることが闘いに思えてくる。
それでも起きなければ始まらない。
疲れているから悲観的になっているのだろう。
何となく孤独を感じていたが、
デイサービスの利用が始まったので、
少しでもこういう気持ちが減ってくれたらいいな、と思う。
利用できて、本当にありがたく思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
だらだらと長文になりました。
少し吐き出せてほっとしたかな。
さて、0時過ぎたのでシンデレラは寝ます(どの口が言うー!)
画像は、昼に弁当を食べていたときの私の心象風景。
「グレース・コンチネンタル」という洋服ブランドの広告写真です。
こんな感じに自由だった。すごく、久しぶりだった。
2012年03月25日 (日) | 編集 |
まずは、この間作ったばかりのリマっちコンピレーション動画をどうぞ。
日付けが替わったので昨日になりますが、
24日締め切りだった小説も、何とか提出しました。
そして、そのもっと前に、
ぐあーっと息を抜きたくて作った動画がこちらでございました。
大好きなリマっちのフォトシュートやショーの模様と、
KOTOちゃんの歌う大澤さんプロデュース作品、
「SHINY SHOES」とのコンピレーション。
私の使うWindows Movie Makerはガタが来てるので、
結構止まってしまうことが多い、とわかっているのに、
作りたい欲求が止められず、
色々工夫しつつ、作りました。
やりたくてどうしようもない事、
好きで好きで止められない事、
やらなくてどうする。
行動しない後悔よりもした方がいい。
もちろん、たった今小説を書き終えて提出したばかりの頭で、
ものを言っているのでテンションはやばい(笑)
だけど、今の自分の状況を考えたら、
やらずにはいられなかったというところだろうか。
起きたら、
もうそこからすぐに、
介護へとなだれ込む。
母が眠るまでずっと。
幸い、寝つきも良く、
朝までぐっすり眠ってくれるので、
そこはほっとできる。・・・今の所は。
これから先はわからない。
私が好きな事をする時間なんてない。
特に今は目が離せない状態です。
トイレもついていき、処理をし、
ご飯を食べさせ、薬の管理をし、
不穏な行動を見守る。
寝室についていき、布団をかける。
また明日ね、と声をかけて、私の数時間が始まる。
今日は夜更かししている。
最近は11時には寝ないと、朝が苦痛だ。
しかし、寝ようが寝まいが、また明日から介護介護・・・。
もうね。何が起こるかわからないから、
あまり深くこれからの事を考えるのはやめにしたい。
今日そのものを大事にする。
まずはここからかな、と自分を慰めている。
そして、こうして動画を作り、書く。
こういう身近な人にはわかってもらえなくても、
ネットで繋がっている皆様には判ってもらえるかもしれない。
そしてやらないと自分の精神が危ない、という目に見えない危険を回避するのは、
防御であり、救いなので止めてはいけないと感じた。
うん。今日つくづく感じた。
小説は本当にもう、今回こそだめだと思った。
現に今日(昨日)締め切りで、
数時間前まであらすじすら浮かんでいなかったのだから。
書けたのが奇跡です。もちろんおかしな小説だったとしても。
やることやってるんだから、私も好きなことはさせてもらう。
私の人生は私のもの。言い訳したところで、
誰も私の人生に責任をとってはくれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なーんて、大きな事を吐き捨てて寝ます。
私、まだ壊れたくない。(つェ;)
「SHINY SHOES」 KOTO Feat. Adriana Lima
日付けが替わったので昨日になりますが、
24日締め切りだった小説も、何とか提出しました。
そして、そのもっと前に、
ぐあーっと息を抜きたくて作った動画がこちらでございました。
大好きなリマっちのフォトシュートやショーの模様と、
KOTOちゃんの歌う大澤さんプロデュース作品、
「SHINY SHOES」とのコンピレーション。
私の使うWindows Movie Makerはガタが来てるので、
結構止まってしまうことが多い、とわかっているのに、
作りたい欲求が止められず、
色々工夫しつつ、作りました。
やりたくてどうしようもない事、
好きで好きで止められない事、
やらなくてどうする。
行動しない後悔よりもした方がいい。
もちろん、たった今小説を書き終えて提出したばかりの頭で、
ものを言っているのでテンションはやばい(笑)
だけど、今の自分の状況を考えたら、
やらずにはいられなかったというところだろうか。
起きたら、
もうそこからすぐに、
介護へとなだれ込む。
母が眠るまでずっと。
幸い、寝つきも良く、
朝までぐっすり眠ってくれるので、
そこはほっとできる。・・・今の所は。
これから先はわからない。
私が好きな事をする時間なんてない。
特に今は目が離せない状態です。
トイレもついていき、処理をし、
ご飯を食べさせ、薬の管理をし、
不穏な行動を見守る。
寝室についていき、布団をかける。
また明日ね、と声をかけて、私の数時間が始まる。
今日は夜更かししている。
最近は11時には寝ないと、朝が苦痛だ。
しかし、寝ようが寝まいが、また明日から介護介護・・・。
もうね。何が起こるかわからないから、
あまり深くこれからの事を考えるのはやめにしたい。
今日そのものを大事にする。
まずはここからかな、と自分を慰めている。
そして、こうして動画を作り、書く。
こういう身近な人にはわかってもらえなくても、
ネットで繋がっている皆様には判ってもらえるかもしれない。
そしてやらないと自分の精神が危ない、という目に見えない危険を回避するのは、
防御であり、救いなので止めてはいけないと感じた。
うん。今日つくづく感じた。
小説は本当にもう、今回こそだめだと思った。
現に今日(昨日)締め切りで、
数時間前まであらすじすら浮かんでいなかったのだから。
書けたのが奇跡です。もちろんおかしな小説だったとしても。
やることやってるんだから、私も好きなことはさせてもらう。
私の人生は私のもの。言い訳したところで、
誰も私の人生に責任をとってはくれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なーんて、大きな事を吐き捨てて寝ます。
私、まだ壊れたくない。(つェ;)
2012年03月17日 (土) | 編集 |
16日、
母が無事、脳梗塞の治療を終え、
退院することができました。
退院後はリハビリ施設ではなく自宅療養。
しかし、当然のことながらほっとする間もなく。
もちろんわかっていたことである。
周りがおめでとう、と言ってくれるありがたさとは、
別の心情として、うわあ、日常生活大変だあ、と、
私は心でつぶやいた。
果たして今日17日。
たった一日経っただけなのに、
なにこの筋肉痛。体も頭(?)も。
わたし・・・わたし・・・子ども産んだ憶えない!(違
そのくらい体力気力を使った気がします。
(いや産んだことないので判りません、ごめんなさい)
これから、という日々が待っているので、
いちいち「こんなことまで!」と、一応ショックは受けても、
長引かせず、頭を切り替え、生活スタイルとして、
組み込んでいかなくては。
今までもそうしてきたのだから、
きっと大丈夫。
ただ、そこに感傷的な感情はない。
冷たい書き方かもしれないけれど、
淡々と普通に母と娘だから。
下の世話をしようが、口の中に手を突っ込むことになろうが。
明日は、少し落ち着いたら、
昨夜設置したばかりのスピーカーを使って、
母の大好きな音楽を聴かせたい。
少し古いけれど、なかなかにごきげんな音を出してくれるのだ。
そして、個人的に過去何度か東京に行った私を心配し、
ナーバスになるたびに励ましてくれた母に、
大澤さんの今の音楽を聴いてもらいたい。
以前FMの「サウンドストリート」という番組で大澤さんがかけてくれた曲で、
しかもその日は最終回で、私が号泣したときにかかった曲だ(///)
私が東京から帰ってきたときも、
大澤さん「明日はきっとハレルヤ」歌ってくれたよ、
と、私が話すと、懐かしいね、と一節口ずさんでくれたほど、
母はよく知っている曲。
今回、大澤さんはほぼ30年前に歌ったその曲を、
新録音&新アレンジ、そして当時の音源も収録し、マキシ・シングルとして発表した。
大変遅ればせながら、その曲が「明日はきっとハレルヤ」というタイトルで、
2月22日、猫の日に発売されたものであった。(関係ない)
初期のアレンジではどこか淋しげな風景が浮かんだけれど、
今回のアレンジやダンスヴァージョンを聴くと、
あら不思議!とてつもなく大きな希望を感じました。
まさに大澤ゴスペルミュージック。
私にとってのゴッド・オブ・ソウル(合ってるのか、この英語)なのである。
今の私に、涙は必要なものではなく、
ひたすら前を向きたいという希望が強い。
もちろんムリをするわけではなく。
そして背中を押すような強すぎる励ましも必要としない。(※注・1)
現在の生活とただただ向き合う。
けれど少し疲れてしまったひとりの夜に、
ふっと息を抜いて本来の自分の姿に戻してくれる存在は、
何よりも必要だと、切に思う。
私にとってその人、その音楽こそが、
大澤さんなのだろう。
大澤さんが歌う、怒涛の、
きっとハレルヤ
きっとハレルヤ
きっとハレルヤ・・・
陽射しのように体と心に受け止めたい。
思いきり。
きっと栄養たっぷり。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何だかとめどなく吐き出したい心境が、
最後のほうに出てしまいました。
普段の私は基本装備、ぼんやりでございます。
私自身はあんまりそんなふうに思わないのですが、
友人たちは私をそう呼びます。なぜだ。どこかだ。
ただ特技である、置物になる、という機会が減った、
と、いうのは残念に思うことしばしばです。
※(注・1)背中を押されるのはいやだけど、
こづと佐藤信夫先生の「くるくるぽん」は大好きです。
なんなら、やってもらえたらSo glad!です。
上画像は先に書いたスピーカーを繋いだ状態の私のPC。
画面に映っているのはリマっち。
ちらっと風邪マスクが写ってしまったのはご愛嬌で。
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2012年03月12日 (月) | 編集 |
母が入院してからと言うもの、
時間の経過が遅く感じる。
何もかも初めてだらけだからだろうか。
この間、担当医師の説明によると、
脳梗塞で前頭葉が破壊され、失語症だと言われた。
この先良くなる事はないけれど、
現在の残存能力を保つリハビリのため、
専門施設に転院予定、とのことだったが、
家で家族のサポートを受けながら過ごした方が良いのでは、
と、これからの医療計画について話した。
施設は私の住む町からは遠い。
そこに行って悪化させたくないので、
医師の案が最善の策だと思った。
その後、
普段の生活振りを診て下さっているスタッフさんからも話があった。
行動すべてを7点満点評価してあるプリントを見せてもらうと、
母の評価はほとんどが1だった。全介助が必要。
私は申し訳ない思考だと判りつつ、
これからが一番大変だと思った。
今はまだ検査と点滴治療中なので、
入院を余儀なくされているが、
思い立ったかのように突然、
「うちに帰らなきゃ」と車椅子やベッドから降りようとする、
不穏な状態が夜にも起こっているそうだ。
家に戻ればそこは安心していい、ということはあるまい。
病院のように色んなものが揃っているわけじゃないし、
24時間見張っていたら自分が倒れてしまう。
ドシロウトの家族と猫だらけの生活が待っているのだ。
もちろん、何がいけない、と言っているのではなく、
ただただ不安なだけなのだ。
失語症でも、何とかコミュニケーションをとっていけたら、と強く思う。
完璧になんてできないから。できる限り。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
上画像は「明日、元気になあれ」と書いてあったてるてるぼうずくん。
入院初日、母の手に握らせました。
画像が黒いのは愛猫、ななちゃんの背中に乗せたからです。
ななちゃん、ごめーん!ありがとね。
2012年03月03日 (土) | 編集 |
3月1日、母が入院することになった。
元の認知症に加え、脳梗塞と動脈硬化。
すぐにその日、ICUに入った。
1日その日、
父の兄の兄、私には義理のおじさんにあたる人が亡くなり、
細かな準備もあったので、母を病院に連れていく予定を後回しにした。
医師に「26日、いきなり言葉を発せなくなりました」と伝えると、
「すぐに連れてきて!」と言われた。
「血管が切れているかも知れない」と。
大慌てで家に戻り、母を病院に連れていき、
MRI、ホルター、採血など検査をして、上の結果が出た。
私も父も母も担当医師の話を聴いた。
「26日当日に来たらもう少し進んでいなかったかもしれない」
私は認知症の症状が進行したのだとばかり思っていて、
救急車を、という発想に至らなかった。
私のせいだ。
動脈硬化という病気の原因も、
もしかしたら毎日の食を預かっていた私が、
手抜きをして油っこいものを食べさせたのかも知れない。
お母さん、ごめん。私のせいだ。
そう思うと泣けてきた。
母の前で泣きたくなかった。
でもあまりの不甲斐なさに涙が溢れて止めることができなかった。
医師は「そんなに泣かないで。認知症もあるし、素人の判断では難しい」
と、すかさずフォローを入れてくれた。
「私たちはプロで、これでご飯を食べている訳ですし」
とも言ってくれた。
そして医師はどうかご家族の方は自分達を責めないでください。
これは嘘でもなんでもなく本心です。そう言った。
これまで、母には何でもないですよ、と言い、
家族にはアルツハイマーが進行しています、
と、ふたつの言葉を用意しなければならない立場だった医師。
本心です、という言葉は重かった。心に響いた。
先生、ありがとうございます。
今まで3秒診療じゃん、などと思っていてごめんなさい。
とにかく手術をするまでではないということ。
2週間ほど入院して細かな検査をして原因を究明していこうと話した。
母はついこの間、かかりつけの内科に行ったばかりで、
血圧は低く、心配されたくらいだった。
肺も心電図も異常なし。
以前吸っていたタバコも忘れてしまったのか、
最近はもう吸っていなかった。
他の病気を持っている訳でもないので、
どうして急にこんなことに、と毎日のメニューを書いたメモや、
母の朝から晩までの日記を読み返し、考えた。
思い当たることと言えば、的外れかもしれないが、
うちが古く、寒暖差が激しいこと。
お風呂を出た瞬間、マイナスの気温の中に出てくる。
タオルだけかぶせて、すぐに暖かい部屋に移動するけれど、
その数秒ですら年齢を重ねた母には負担だったのかもしれない。
ICUの病室に入る時は消毒をして、
専用の衣服とスリッパを身につけ、マスクを着用した。
横たわり、点滴液を腕につけた母の手を握り、
マスクの上から目だけで笑って、
今日から入院することになったけど、急でごめんね。
先生や看護士さんたちはみんな優しいから。
みんなお母さんの味方だから。
私もマスター(父)もお姉ちゃんも、明日また来るから。毎日来るから。
そう言うと母はいつものとおり、柔かい笑顔を曖昧に浮かべていた。
私達は手を振って ICUの病室を出た。
父はすぐにお通夜の場所に向かい、昨夜はそのまま戻らなかった。
母のことが気にかかるのは当然だけれど、
お兄さんにきちんと別れを言っておいで、落ち着いてね、と、
言葉をかけた。
本当は私も落ち着いていなかったけれど、
亡くなったおじさんと母のことは全く別だ。
私はひとりで家に戻り、猫たちにえさをやり、水を換え、
洗濯をして遅い夕飯をとった。
夢は、母のことばかりが出てきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日が明けて今日、入院準備をした鞄を持って、
姉と私で再び病院に行った。
母はまた点滴をたくさんつけていたが、付き添われ、ゆっくり歩いてきた。
でっきり病室に呼ばれるかと思っていたので、驚いた。
けれど少しでも歩くのは良い運動になるし、
その対処法がありがたかった。
言葉はたどたどしく、私がほぼ一方的に喋り、
いつものように笑わせたりしたが、
時折、思い出したように猫の名前を口にし、
またしても思い出したように席を立ち、どこかに行こうとし、
慌てて「どうしたの?座ってていいよ」と姉と母を座らせた。
その後はすぐに眠くなってしまい、病室に戻ることにしたが、
一段と小さくて、昨夜かきむしったと言っていた目が腫れていて、
何だか別人に見えた。
ちょうど4時になり、面会時間が終わる頃、
リハビリ担当の療育師さんが来て、母に話しかけた。
「桜、猫、電車、と言ってみてください」と言っても、
療育師さんの言葉を、母はなかなか反芻することができない。
「はい」とだけ返事をする。
「言ってみて」と再び言うと、
つたなく「言ってみて」 と言う。
そこを粘り強く何度も「桜、猫、電車、どれでもいいですよ」と続ける。
母はひとこと、
「ねこ」
と、言った。
さすがだ(笑)
母の猫好き。只者ではない。
療育師さんも「おおっ そうそう!次は?」と促す。
「・・・さくら でんしゃ」小さな声で母は言う。
そのたびに療育師さんは、
「言えるじゃないですかぁ!」と笑顔を向けてくれる。
それから病気になってからのコミュニケーションのとり方、
言葉の言える範囲はどのようなものだったのかなど話し、
私と姉は病室を出た。
「先生は優しいから大丈夫だよ」とまた言って。
療育師さんは笑った。
明日もまた母に会いに行く。
明日は父も一緒だ。
少しでも気が紛れるように、
柔らかな笑顔が途切れないように、
猫の写真でも持っていこうかと思う。
今日も昨日に引き続き、よく晴れた日で、
凍った水が溶けて陽があたり、
きらきらと輝いていて、しばし見惚れた。
上画像は陽だまりの中、ぐうぐう眠るらむ子さん。
2012年02月28日 (火) | 編集 |
早いもので、
前回、このブログ内でお祝いしたときは、
バンクーバー五輪の時期でした。
あれから2年?だったっけ?(すまん。失念。←調べろ)
とにかく早いです。
23歳。
五輪の頃の輪郭は、まだまだ幼さが残っていた。
それが既に正面からも背中からもオーラが出て、
すっかり顔つきも大人っぽく男っぽくなった。
あの時のプログラムは「ジミヘンの「ボールド・アズ・ラブ」と、
布袋さんの「ギター・コンチェルト」だった。
エキシビションはNe-yoの「Closer」
スケーティングは大人そのものなのに、
表情や、手や体つき、そのどこかに
大人になりかけのような、無防備な色気を感じた。
そののち、
今季ショートは「インナー・アージ」
フリーは自身が選曲した話題の「ファンタジア・フォー・ナウシカ」
エキシビションは夭折のアーティスト、ニック・ドレイクの「チェロ・ソング」
その3つのプログラムを引っさげ、来月には世界選手権がある。
そのときには更に磨きのかかった演技が見られることと思う。
今からとてもわくわくしている。
競技プログラムはもちろん素敵だけれど、
エキシビションはふと肩の力が抜けた素晴らしい作品になっている。
私は大好き。柔かく繊細。ピュア。なのに男らしさがある。
小塚くんのたった今の個性を存分に生かしたナンバーだな、と思う。
なんて、私のへたな感想は良しとして、
ほら、こんなこと書いている間に日付けまたいだじゃないか、
と、自分で自分に突っ込みを入れつつ(笑)
うまいことは何一つ言えないけれど、
おめでたい気持ちは日付けが替わっても変わらないぜ( ̄ー ̄)
おめでとう。小塚くん。
めっちゃ応援しています。がんばれ!
「最高の舞台で、最高の演技を。」
ゆっくりと、あなたらしく。
では、締めに動画を2本。
2011年のメダリスト・オン・アイスから、
エキシビションの「チェロ・ソング」です。
当日は練習をし過ぎて本番でジャンプが決まらなかったらしい(笑)
しかし演技は滑らかでうっとりします。アンコールの「〜ナウシカ」最高です。
もうひとつは、
2012年に入ってから行われた「スターズ・オン・アイスより、
カート・ブラウニング(冒頭に出てくる男性)が振り付けたごきげんエキシ「Glee」
すっかり板について、振り付けをすっかり自分のものにしています。大迫力。
競技プロは世界選手権まで載せるのを待つー!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
上画像は小塚くんの著書。表表紙と裏表紙とカバーを取った装丁。
彼らしいスケート人生の歩みがわかる一冊です。
暴露も甘さも一切なし。純粋なアスリートの書いた本なので、
ぜひたくさんの人に読んで欲しいです。
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2012年02月14日 (火) | 編集 |
Happy Valentine

リマっち嬢の力をお借りして、
バレンタインカードをお届けにあがりました。
ひとりひとりがたくさんの微笑を浮かべられる、
素敵な日になりますように。
※クリックしたら大きくなるよ!
2012年02月12日 (日) | 編集 |
今宵は寒い。
−18度の予報です。ひーえー。
暦の上では立春を過ぎているとは言え、
実際は真冬です。
そして北海道の雪はまだまだこれから、です。
さて、この間、
やっと地域支援包括センターと連絡を取りました。
その後、職員さんが来てくれて、
今月13日には市役所の人が来て、
介護のための認定調査を行います。
今日も母には話したけれど、
当日もきちんと話そうと思います。
マスター(父)とも話し合って。
思えば、
おととしの大晦日には、
年越しそばの存在を忘れてしまっていた母。
去年は大晦日であることを忘れていた。
しかし、そのつど「今日は大晦日だよ」と教え、
「随分ごちそうだね」と言われれば、
「お正月だから豪勢にしてみたんだ」と教えた。
母は「そうなんだ」と微笑んだ。
もともとがおっとりとした性格のせいか、
物事を忘れても実に穏やかだ。
もちろん、母自身が恥ずかしいと思う事柄に対しては、
頑なに口を閉ざしてしまうが、
それでも一生懸命、自分で何とかしようとする。
その思いを私も感じ取れるようになり、
小さなことができなくなった最初のように責めなくなった。
いつも母は少女のように、
はいはい、と言う事を聞いてくれて、
時にはすべて私に任せてしまったりする。
しかしそこを何とか、ぐっと我慢して、
できることはやってもらう。
まだ動かせる筋肉が腕や足にあるのだから大切にしたい。
けれど、認定調査には正直に答えなければならない。
できないことを恥ずかしがるからと、できることにしてはいけない。
ある意味、心を鬼にしなくては。
この間からフィギュアスケート4大陸選手権が行われているが、
放送を観ながらも どこかうつつになっている自分に気づき、
それではいけない、と思う。
自分の楽しみは楽しみ。母のことは母のこと。
私と母の人生は違うのだ、と思い直す。突き放すのではなく。
・・・なーんて言いつつ、
高橋大ちゃんの演技には魅了され(口笛吹いちゃったよ)
まっちーこと、町田樹くん、無良崇人くんの演技には大きな拍手をしていた。
今宵放送された真央ちゃん、優勝したアシュリー・ワグナーちゃんの一途さを感じる、
美しく健やかな精神にこれまた拍手喝采で猫を驚かせた。
そういえば、昨日小塚くんの載った「Tarzan」も読んだっけ。
なんだ。充分楽しんでるじゃん。私(笑)
良かった。
明日の認定調査が無事終わり、
これから確実に変化する生活パターンについて、
色々と覚悟をしなければならない。
しかしあまり考えすぎず。
たった今を大事にして、これからはこれから。
それしか今はわからない。
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上画像は好きだなあと感じた一人掛け用ソファー。
「これから」に進む前に少しだけ休もう、と言う感じでこの画像を。
このソファーが出てくるThe Pretty RecklessのPV、
「Make Me Wanna Die」は出てくる家具がみんな素敵です。
曲もすかっとするようなギターロックでかっこいい。
2012年02月02日 (木) | 編集 |
毎日、お寒うございます。
お元気でいらっしゃいますか。
さて、今日は小さいながらもお知らせをば。
物書きさん応援サイト「Mistery circle」さんにて、
今回お題を出していただきました。
はい、参加であります。
以前書いたのは昨年の夏。
今でもあのときの荒ぶった気持ちを思い出します。
そんな訳ですが、その後ちょっとしたサプライズがありました。
そのとき書いた小説「クラシック」がMystery circle(以下、MC)の、
読者投票にて7つの☆を獲得いたしました。
もはや、昨年の出来事になってしまいましたが、
とてもとても感謝しております。
どうもありがとうございました。光栄です。
なのにこんなに挨拶も報告も遅れたことをお詫びいたします。
そして、
そこから腑抜けになっておりましたが、
今回、参加受付のお誘いをいただき、
一瞬の迷いのあと、この間も書きましたが、
「挑戦」をしたいな、と考えたのでした。(小塚くんの記事参照)
その人それぞれの旬というものはあるかも知れない。
けれど、能力に限界はないと思う。
あいやいや、これは人それぞれ考え方が違うと思うので、
強くは語りません。
ただ、自分をこのままで終わらせたくない気持ちがあり、
また以前からの引用ですが、
今私が関わっている環境はとてもデリケートなことだけど、
私自身の人生はまた、別の場所にあるのだ、とも思ったから。
だから、やりたいことはやる。
多少プレッシャーがかかるな、と思っても、
やらないで後悔はしたくない。
ということで、
なぜにこんな決意の記事に冒頭の、
寝そべる女の子の画像か。
がんばるのは明日からだから〜♪
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今日は母の病院の日でした。
本人は今のところ、毎回は来なくてもいいとのことで、
父とふたりで通院しています。
最近介護に少々行き詰まっていたのですが、その病院の相談員さんが、
いろいろと細やかに先回りして教えてくださって、
とてもありがたかった。
父は、車を出してくれるけれど、
基本的に話に入ってこないので、
どうしても、どこかひとりきりで母のことを抱えている気がしていたのだ。
まだまだ症状は進んで行ってしまうのだろうけど、
ほっとする瞬間もまた必要。
そうでなければ、進行したときにがんばれなくなってしまう。
なので、少し疲れたので今日はゆったりして過ごし、
明日からまた、お題をメモに書いて持ち歩きながら話を練ろうと思います。
まだまだ全貌どころか、もやもやとした霧の中に物語がある状態ですが、
お題の短い文章を読んだとき、目頭が熱くなりました。
心にくる。だから、お題の文章に負けないように。
そしてこの文章に引き立ててもらうくらいのものを書きたい。
・・・なーんて強気ですが、たまにそう書いてみたくなっただけです(笑)
がんばります!
ぐっ(ガッツポーズ)













